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鋼(グリキン)

―灰色地帯―≪Zwei Paare des Rückens≫

どんなものよりも

失くならないものが欲しかった



―灰色地帯―≪Zwei Paare des Rückens≫













朝の眩しさは割には合わない。
小さく聞こえる小鳥の声も、しんと静まり返る空気の余韻も、最低限の音だけしか生まない鼓動も、何もかもが俺には合わなかった。
いや、合うわけもなかった

霜が降りるほどの気温の朝。路地裏にはこの寒さで固まった元は水だった氷が無様に白く濁ってひび割れ、煤汚れた煉瓦の道は靴の底が当たる度にいつもよりも硬い音を出す。
今日は嫌に冷え込んでいやがる、野良犬どころかネズミ1匹の気配すらしねぇ。
適当に吐いた息は湯気のように一瞬だけ現われてすぐに消えた。あっけないもんだ。
まだ本物の湯気の方が根性がある

「さみぃな」

店のドアを1歩出ればそこは紛れもない冬の街の一角だ、どんなに火を焚いて暖をとっても一度この冷気が駆け込んでくれば一瞬で気温なんて奪われる。
こればっかりはどう独占しようとしても無理なもの。
久しぶりに朝というものをまともに迎えてみればこの寒さ、珍しいことはするもんじゃないとつくづく思う

「寒いというなら上着の一つも着たらどうです」

「あ?」

不意に、頭上から低く呆れた風な声が投げかけられる。
見上げてみるとそこには窓の木戸を半分だけ開けてこちらを覗きこむようにして見ているキンブリーがいた。
相も変わらずきっちりと後ろにまとめられた髪に着崩れたシャツの襟が妙に対象的だが、その肩にはしっかりと上着を羽織っている。

こいつがこの時間起きていることにも若干驚いたが声をかけてきたことは更に言って珍しい。
普段から必要最低限の接触しか好まない食えない野郎、それがこの男のはずだが。
今日はとことん珍しいことが続くもんだと妙に感心した

「もう冬だというのに肩を出したまま出るなんてお元気なことだ。
 それも朝に一人でとは珍しいじゃないですか」

「なぁに、ちょいと朝ってやつが久しぶりだったからな。
 まさかこんなに寒ぃもんだと思って出てきてないからよ、なんならその暖かそうなモン貸してくれや」

「人に借りる事を考えるより先に、起きたそのままで動き回る神経をどうにかした方が良いと思いますが」

そうまた呆れた声色で溜息を吐き、その肩の物じゃなく適当なシャツを放り投げてきたキンブリーは信じられないとでも言うように俺をいつもやんわり批判する。
こいつの常識からすると俺は随分ガサツでだらしないようで、今日も起き上がった時の身なりそのままだという事に直ぐに指摘を入れてきた。
だが生憎この俺に寝床とその他で衣服をいちいち替えるような習慣はない。いや、面倒なことはそもそも全て実践する気もそうしようという意識もないだけだ

「おー、さんきゅ」

投げられたシャツをひらひらと掲げて軽く声をかけると大した反応もなく奴は窓の奥に戻って行く。
振り返り際にまた呆れた溜息をついたように見えた。
正直こんなシャツ1枚で寒さを凌ぐことなんて出来ない事はたぶん放り投げてきた本人も承知だろうが、それでもキンブリーにしては充分すぎるほど親切だと言えなくもない。
普段なら無視するか「ご自分で」、なんて肩をすくめる位しかしない奴だ

目を開けてからものの数分、こんなにも普段と違うものがこの時間には溢れてるんだと柄にもなく考える。
勿論自分の毎日にそう大きな不満はないが、ごく稀にという物珍しさもたまには欲しくなるもんだ。強欲如何に関わらずこれは「存在する」事そのものへの実感という刺激といっていい。
刺激があるから「普段」は「日常」でいられる。常、なんていうのは本来はこの世界の法則そのものに反した状態なんだからな

霜の降りた野晒しの外気を避けるようにデビルズネストの扉を潜った時、丁度奥の階段から先ほど役に立たないシャツを寄こした男が現れた。
相変わらず深い赤のジャケットに黒のインナー、僅かばかりの上着もない。
さっき羽織っていたのは寝る時用か部屋着専門か、知る術も興味もないが何となくそんな風に使い分けている気がした

「おや…使わないのですか、それ」

俺の手に捕まったままのシャツが目にとまったらしいキンブリーは眼だけでそれを指して興味もなさ気にそう言う。
ないよりはマシといっても所詮は薄い1枚のシャツ。役に立つと思って寄こしたとは到底考えられないこれをどうも有り難うと素直に着る奴なんているのか。
いや、もしかしたらこいつからしたらノースリーブの俺はシャツ1枚でも大分助けになると思ったのかもしないが、逆にわざと皮肉の意味で、なんて事もありうる。
残念ながらその顔を窺ってみても大して読み取れるものはなかった

「まぁ着たとしてどんだけ足しになるかっつー話だな」

「ないよりはいいかと思いましたが。
 ま、構いませんよ。使わないなら適当に捨ててください」

「あ?返せじゃなくて捨てちまうのか」

「生憎、他人に1度渡った衣服を肌に触れさせる気にはなりませんから」

ひらひらと手を振っていつものような含んだ言い回し。
錬金術師ってのはどいつもこいつも変に潔癖だ、自分から与えておいて他人が触ったから嫌だってか。
こいつは何から何まで逸していやがる

他人と違うことを良しとするこの男からすれば自身の行動こそが常識だ。
そこに他人の価値観なんてものは入り込む余地がない。元から入れるつもりもないんだろう、だからこいつはここにいる。
そして俺のものであるという考えも当たり前のようにない

「お前朝は普通に起きるんだな」

「朝食は朝とるから朝食、夕食は夜とるから夕食、朝食を口にしたいのなら朝起きるのが当り前ですよ」

「そーいう理屈っぽいのは面倒だから素直にはい、いいえでいいだろが」

「物事にはそれ相応の理由があるものです」

その理由とやらをいちいち細かに話さないだけ良いという事にしておこう。
何度会話をしても噛み合わない、真逆どころか立っている場所すら違うこの男を理解するなんてまず俺には無理だ。
せいぜい解って機嫌の善し悪しくらいまで、その理由なんてものには到達しえない

カウンターに回ってグラスに水を注ぎ、棚にある買い置きのチーズとパンをパンナイフで切り分けるキンブリーは、どう見てもつい先日まで両手に木枠の錠をつけられて牢屋暮しをしていた人間には見えなかった。
どうせ手錠なんて本当は意味もなかったんだろうが不自由であったことは確かなはず、大した運動もしてなかっただろうその体も著しく老い弛むことなく年相応かそれ以下前後の体つき。
筋力や体力は収容以前に比べれば落ちて鈍っているかもしれないが所作のどこにもそういった欠け部分は見当たらなかった。

昨日今日で歩くことを忘れる生き物はいないが、数年間通して同じ形同じ位置に固定された腕や手首をこうもあっさり使いこなせるものなのか。
身体機能への影響を感じないせいで、こうして見ていると関心すらおきる。合成獣ですらないのに。

「……なんですか」

「…いや、なんでも」

俺の顔を怪訝そうに見やったその眉間にわずかに皺が寄る。
気持ちの悪いものでも見たかのような嫌悪、とまではいかないが明らかに訝しんでいる表情。
ちょっと見ていただけでこれだ、神経質なのも面倒なもんだな

ふと、そのキンブリーの手元に目線が落ちる。
並んでいるのは水が注がれたウイスキー用のグラスとパン、チーズにピクルス。
ただしグラスも皿も二人分。

まさかわざわざ自分の食べる分を2人用に分ける必要もなし、となるとあれは別のだれかのもの。
けれどこの静まり返ったフロアにいるのはキンブリー本人と俺1人。
いやまさかといつもの椅子に腰を下ろした時、目の前のテーブルに陶器の音が落ちた

「……。」

「どうぞ。」

薄明るいフロアとグラスの琥珀が映り混ざった水の色が微かにグラスの凹凸で光を反射する。
何の変哲もないカットされただけのパン、重なったチーズとピクルス。
皿とグラスが置かれたテーブル越しには赤いジャケット、黒いインナーの男が一人。
皿から離される手先につられて顔をあげると、やはりそこに居たのはまぎれもなくキンブリーだった

「なにか?」

顔を見たきり反応がない俺を疑問に思ったらしいその眉が微かに上がる。
よくよく観察すれば微かにわかる、もはや癖のように刻まれ固定されている鋭さのある眼尻は皮肉気に笑う時とも、不機嫌に歪む時とも違う。
そう、とんでもなく解り難いがこれがこの男の『平常心』の表情なんだ

自分は少し高い位置のカウンターに皿を置いてきているくせにどんな風の吹きまわしか、わざわざ俺の分の食事を用意するだけにとどまらず本人にとってはそれはもう重労働並の価値があるだろう「他人の為の歩み」で俺のもとに皿を運んできた。
ついさっきでさえ渡すのが面倒くさいからと窓からシャツを放り投げてきた男がだ。

「いや…なんだ、気が利くじゃねぇか。
 わざわざ俺の分ってか?お前が?」

「言ったでしょう、朝は朝食をとり夜は夕食をとる。
 普段はこんな時間に起きないどころか一日の計算のうちにも入れてないような貴方でも、起きて動けば体は機能する。
 いらないのなら別にかまいませんが。」

それは遠まわしに貶してんのか、それとも気を使ってんのか。
はっきりしないようなそうでないような中途半端に抽象的な言い回しはやはりいつものキンブリー。
だがその行動は俺の中に小さなひっかき傷をつけるには十分な力を持っていた

ジャケットと同じ色をしたポケットに片手を突っ込みながら、それでも片足重心なんて勿論しない真っ直ぐな立ち姿勢をとるこの人間は本当に面白い。
いつもいつも俺と同じ様に我が道を行きながら俺とは全く違う価値観と意思を掲げ、他物でできた土煙を前に嬉々として足を進めるお前は何を考える。
他人の事など初めから知らなさそうに振る舞って欲を求めて瞳をギラつかせながら幸せそうに何を慈しむ。
その掌の練成陣の様に、全ての部分が正反対に共存するその体の中身は一体何でできている


紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリー



「……なんのつもりです?」

にいと自分の口端の筋肉がつったのがわかる。
逃がさないように掴んだ俺より若干細い手首は、ああ、やっぱり見えにくいだけでしっかりと手錠代わりの木枠の痕が残っていやがった

「朝食ついでに、もう一個つまみたいモンができてな」

喉の奥で笑って目を見ない俺のサングラスの上から見下ろすようにあったキンブリーの片眉がぴくりと揺れる。
わかっているんだろう、何を言われているのか。
知ってるんだろう、お前は知っている。
強欲の名をもつ俺の深く純粋な性質をお前がよく理解してる事くらい、知ってるんだぜ?

そしてそれを、内心気に入っているから振り払わないことも


「朝から盛る位なら外で冷えた地べた相手にでも唸ってきたらどうです」

そう言って、今しがた自分が置いたグラスを軽く仰いだお前の口元も歪んだ笑みを持っているのが見えた。
口から吐いて捨てるような”らしい”言葉なんていらねぇ、前にそう言ったのを覚えてでもいやがったか?
まだ水で冷たく濡れた色の消えそうな薄い唇の線が更に引き伸ばされて眼だけが挑発的につり上がる。
そのキンブリーの食えない表情が俺は気に入っていた





くそ寒い朝に、乾杯























<―灰色地帯―≪Flamme des Eises≫へつづく>








 
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